安藤優子さん 特別インタビュー【第6回】

女性性を利用した社会党の「マドンナ旋風」にメス。政治の門を叩けるシステム変化を




自民党の女性認識を形作るものを「イエ中心主義」と名付けた安藤優子さん。一方で政治は、女性を都合よく利用してきたのだと指摘する。


――しかしその割には、選挙になると、女性たちの擁立が話題になることがしばしばありますよね?小泉チルドレンや、小沢ガールズなど……。

そもそも政治は、与野党関係なく、女性を都合よく利用してきた歴史があります。私が大学院に入り、社会党の研究をしたとき、何度も話を聞いたのが、元社会党委員長の土井たか子さんです。


社会党が議席減にあえいでいた1986年、委員長になった土井たか子氏。国会に議席を持つ政党のトップに女性がついたのは憲政史上初だった。1989年の参院選で、女性候補を数多く擁立。いわゆる「マドンナ旋風」を起こし、「おたかさんブーム」にのって、社会党は大勝、参議院で第一党になった。


土井さんは、委員長を引き受けた経緯について話してくれました。打診されたとき、はじめはやる気がなかったものの、ある幹部が陰で「女なんかに党首を頼むほど、社会党は落ちぶれていない」と言っていると聞いたそうです。そこで「だったら、やるっきゃないって思ったわけよ」と話していました。

――その陰口には、どういう意味が隠されていますか?

土井さんの秘書を長く務めた女性は「社会党が土井を委員長にしようとしたのは、そのくらい社会党には劇薬が必要だったから」と分析していました。つまり、低迷する社会党のイメージを刷新するため、土井さんが女性として想起させる「革新的」で「クリーン」なイメージを利用した。典型的な「女性性の利用」です。しかも渋々、その時だけ。何しろホンネは「女に頼むほど落ちぶれちゃいない」ですから。



総理大臣を決める首班指名では、参議院で土井たか子氏が選出されるという、歴史的なできごとがあった。ところが翌年、社会党は衆院選で自民党の圧勝を許す。


土井氏さんは「結局、本気で政権をとろうなんて誰も思っていなかったんですよ」と嘆いていました。自分が一時的な「劇薬」に過ぎず、次の委員長への「つなぎ」だと、よく分かっていたんだと思います。


その1990年の衆院選。自民党は、リクルート事件、消費税の導入、宇野前首相の女性スキャンダルという負の三点セットで揺れていた。海部俊樹首相は、森山真弓氏を女性初の官房長官に任命。選挙戦では森山氏といっしょに全国を「お詫び行脚」した。


森山さんが、自民党が変化し、クリーンになるというイメージの請負人になったわけです。その結果、自民党は大勝しました。ただし皮肉にも、女性議員の当選はゼロ。こんなふうに「困ったときは女性を利用する」ということが、伝統的に行われてきたんです。


小泉純一郎元首相のもとで、2005年に行われた郵政選挙。いわゆる「造反議員」の選挙区には、官邸が一本釣りした女性候補が「刺客」として送り込まれた。


彼女たちの存在は、抵抗勢力と戦う改革者である小泉首相のイメージを補強しました。ところが、この時誕生した「小泉チルドレン」と呼ばれた議員の多くが、次の選挙で落選しました。とりわけ女性候補にその傾向が強かった。すると自民党の選対関係者は、ため息まじりにこう言ったんです。「やっぱり風に乗って当選してきただけの女はダメだね」。利用するときは「女性性」を利用しておいて、ダメなときは「だから女はダメなんだ」と切って捨てる。こんな状況で、政治家を目指す女性が増えると思いますか?

――すると、女性議員が増えるためには、何がどうなったらいいと思いますか?

「女性は家庭長である」という認識を変えて、「私、選挙に出たい」という志さえあれば、政治の門を叩けるシステムに変えていくべきです。特に地方議会で、政党の選挙支援体制や研修の場の提供などを充実させて、そこから国政に進む議員を増やすのが、時間はかかっても近道だと思います。

――確かにそうかもしれません。

現実的にいまできそうなこととしては、3つあると考えています。ひとつには公募制度の透明化です。


自民党が2006年の参議院選挙の際に定めた公募の基本方針には「よりオープンで公正な候補者選定を実行しつつ、選挙に勝てる体制を確立していく」とある。さらに「国民に開かれた公党として、常に透明な候補者選定を保つ」とも書かれている。


地盤、看板、カバンのいずれもない人が選挙に出たいと考えた場合、現状では政党の公募に応募することになります。でも、少なくとも自民党の公募は、運用が非常に不透明なんです。実際のところは、地元財界有力者からの強い推薦を受けた人が名簿の上位に記載されて当選していたり、アメリカのスゴい大学を出て、一流企業で働いていた人が官邸主導で一本釣りされていたりします。それはもう、公募ではなくコネですよね?

――確かに。

そういうのはもうやめて、すそ野を広げるべきです。公募制度は現存しているわけですから、本当の公募として機能させる。そして公募したらちゃんと予備選挙をやる。県連の中でもいいので、誰を公認するかを投票で選ぶ。2つ目は、やっぱり定年制とか任期制にする。国会議員を務めるのは2期とか、3期までという制限を設ける。同じところで何十年も同じ人が出馬し続けることを阻止する。


――なるほど。

そして3つ目は、国会議員の兼職、兼務、副職を認めて「24時間戦えますか状態」を変える。多くの国会議員は、選挙区に戻っては宴会とか盆踊りとかお葬式とかに走り回り、24時間、政治家として臨戦態勢をとっています。それはいわば「御用聞き」型の政治家像です。そういうことをしないと政治ができないというのであれば、政治活動のあり方そのものに問題があると思います。

――おかしな風習がたくさんありますよね。

縁故をつないで集票する選挙のあり方にも問題があると思います。これはもう、「選挙制度」というよりも「選挙文化」ですよね。どぶ板じゃないと勝てない、握手した人数が多い候補者が勝ち、みたいな。そういうやりかたを見直して、改革すべきですよ。そのためには、有権者も意識を変える時だと思います。

――どんなふうに変えたらいいでしょう?

「24時間コミットする政治家」「盆踊りを一緒に踊る政治家」「発表会に顔を出してくれる政治家」が、本当に「良い政治家」なのか。「顔つなぎ」のような活動に対して「ありがたい」とか「政治家として当たり前」と感じる意識を変えていかなければ、いつまでも女性候補者は限定的になってしまいます。

――その通りですね。

そしてなによりも、やっぱり「クオータ制」を時限立法でもいいから一度やってみたらいいと思うんです。現在の「政治分野における男女共同参画推進法」は理念法です。何の罰則もない。だからきっと「やんなくたって、どうだっていい」って思ってるわけじゃないですか。ちゃんと議員立法で「男女目標数の義務化」をして、新しい政治文化を作っていく。やったことないんだから、まずは1回やってみませんかと言いたい。


「クオータ制」とは、「割り当て制」のこと。議員候補者の一定数を女性に割り当てる。発祥はノルウェーで、政治だけでなく一般企業の女性管理職を増やす方策としても導入され、大きな成果を上げている。


でもね、この話を自民党の重鎮議員にしたら、軽~く「ムリだな」って言われたんですよ。「現職の壁」が高いから。すでに席に座っている議員に、「次の選挙には出ないで」とは言えない、と言うんです。でも、その議員が退くときを待っていたら、結局は身内か、自分につながる誰かに席を譲りますよ。そうするとまた、新規参入の門が狭まってしまう。

――そうですよね。

ベテラン議員に、男女の候補者数を均等にすべきという話をすると、判で押したように同じ答えが返ってきます。「男も女も政治家としての能力が必要」「要するに最後は人間性」。そして彼らは決まってこう言います。「女性議員が候補者数を割り当ててほしいと言うのは、ゲタをはかせてくれと言っているようなもの」「逆差別だ」。

――逆差別? そうなんでしょうか?

ここで、また考えてほしいんです。女性が「家庭長」を引き受けて、家の中で無償の労働をしている間に、男性たちは24時間、政治にコミットし、自分たちの牙城を着々と作りあげた。その結果、男性議員が圧倒的多数になっていて“24時間働けますか!”っていうボーイズルールを作り上げた。それって、女性が男性に「ゲタ」をはかせてきたからじゃありませんか。何十年にもわたってゲタをはかせてもらってきたのは男性の方。これもまた、一般社会で同じことが起きていますよね。そして気を付けなければならないのは、実は女性にも、そういう考えの人がいるということなんです。

――女性の中に、ですか?

ベテラン女性議員の中には「私は実力でのし上がって来た。男も女もない」と言う人がいる。それは立派なことだとは思います。しかしだからといって、本当に志ある女性への門が閉ざされたままでいいのでしょうか。男性の中でのし上がらないと、女性は目指す方向にさえ進めないのでしょうか。「ミソジニー(女性嫌悪)」につながり、分断を生む悲しい考え方です。

――そうですね。

大前提として、こういった認識が変わらなければ結局は何も変わらないんだと思います。いまのままでは、女性が国会議員になっても、ペット化、つまりおじさんたちに従属化してかわいがられるか、女性性を封印し、おじさんに同化して働かないといけません。かつて私がそうしたように。それではいくら女性議員の数が増えても意味がないんです。おじさん化した女性議員を、コピーロボットのようにどんどん量産するだけです。


安藤さんは博士論文を書き上げ、書籍「自民党の女性認識――『イエ中心主義』の政治指向」(2022年、明石出版)として出版した。

私はこの論文を通して、自民党批判をしたかったわけではないんです。私たちがさらされてきた価値観や視線がどこから来て、どうやって社会に浸透し、こんなに肥大化したのか。どうして私たちはこんなふうに戦いながら、仕事をしたり、家庭での立ち位置を決められたり、無償の過剰労働を強いられてきたのか。その答えを示したかったんです。

――本に対して、当の自民党からは何らかの反応はあったんでしょうか?

あったも何も、本の話をしてくれって、議連の講演や意見交換会に何回も呼ばれましたよ。そうするとね、結構丁重に取り扱ってくれるんですよ。「いや~安藤さん、この本はすごいね」って。党の要職にある男性議員も読んでくれて「自民党が抱える問題が端的に指摘されている」と褒めてくださった。でもその人は言うわけです。「女性議員を増やすためには、現職の男性に立候補を辞退させないといけない。現実問題としてそんなこと言えない」と。



――結局、そういう話になるんですね……?

いかにも自民党ですよ。キャッチ・オール・パーティー(包括政党)を自認していて、何でも一回は飲み込む。ただしそれを本当に受け入れるかどうかは別。あれは自民党特有のガス抜きだと思いますね。安藤さんの話、一応は聞いたよと。


博士課程を終えた安藤さんはいま、女子大学で教壇に立ち、各地で講演も行って、ジェンダーについて発信を続けている。企業の女性管理職が増えないことや、地方から女性が流出している問題もまた、女性認識を変えなければ解決しないと警鐘を鳴らす。

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